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ベトナムにおける登録商標の不適切な使用―リスクと解決策

少なくない数の商標権者は、自らの商標について最も重要なのは「登録されている」という事実であると考え、その結果、商標に若干の変更を加えても、他人の商標を侵害したり、当該登録商標の取消しに至るリスクは生じないと誤信しがちである。実際には、事情はこれと異なる。以下の三つの事例は、登録商標と異なる態様の標章を使用した場合に商標権者が直面し得るリスクを具体的に示すものである。

不適切な商標使用に起因する典型的な紛争

(#1) ASANZO ASANO

最近、ホーチミン市人民裁判所は、原告ドンフオン貿易製造有限会社(Dong Phuong Trading and Manufacturing Co., Ltd.)と被告アサンゾ・ベトナム電子株式会社(Asanzo Vietnam Electronics Joint Stock Company)との間の商標紛争を審理した。原告は、被告が使用する標章「ASANZO(図形)」が、原告の登録商標「ASANO(図形)」を侵害するとの理由により、被告を提訴した。これに対し被告は、ベトナム知的財産庁(IPVN)が「ASANZO」商標の登録を付与していることから、被告による「ASANZO(図形)」の使用は適法であり、侵害には当たらないと主張して原告の主張を争った。関連する商標見本は下表のとおりである。

被告の商標「ASANZO」自体は保護の対象であったものの、第一審裁判所は、被告が用いた標章「ASANZO(図形)」が原告の保護された商標権を侵害すると認定し、被告に対し、侵害の差止め、公の場での謝罪・是正、並びに損害賠償金 1億ベトナムドン(VND 100,000,000)の支払を命じた。

(#2) ENAT 400 E-NAT Plus

同様の事案として、タイの製薬企業である Mega Lifescience は、Hiep Thuan Thanh Pharmaceutical Co., Ltd. による商標権侵害について、ベトナム科学技術省監察局(Inspectorate of Ministry of Science & Technology of Vietnam/IMOST)に対し、行政手続に基づく取締りを申立てた。関係する商標見本は下記のとおりである。

本件の事情を踏まえ、ベトナム科学技術省監察局(Inspectorate of Ministry of Science & Technology of Vietnam/IMOST)は、Hiep Thuan Thanh Company の商標「E-NATPLUS」自体は保護の対象である一方で、同社が第05類の医薬品について標章「E-NAT Plus」を使用した行為は、Mega Lifescience の商標「ENAT 400」を侵害するものであると認定した。これに基づき、IMOST は、ハノイにおける医薬品流通の中心地とされるハプーリコ(Hapulico)の薬局で実施した立入検査(レイド)において、「E-NAT Plus」製品700箱超を押収した。

(#3)不適切使用を理由とする商標の取消し

第三者は、語句要素と図形要素から成る登録商標(下図参照)について、不使用取消審判を請求した。これに対し、商標権者は不使用取消しを覆すための使用証拠を提出したが、当該標章の事実関係および使用態様に関する証拠を総合考慮した結果、ベトナム知的財産庁(IPVN)は最近、当該商標が「登録された態様どおりに使用された」と認めるに足る合理的立証がなされていないとして、ベトナム商標登録の有効性を取消す決定を発出した。

登録商標の不適切使用により生ずるリスクとは何か

他人の商標権侵害のリスク

商標の「使用」とは、同種の商品・役務について、異なる主体により提供される商品・役務を需要者が識別できるよう、標章を商品又は役務の提供手段に付す行為をいう。したがって、商標の主たる機能は、当該商標が付された商品・役務の商業上の出所を表示・識別する点にある。登録付与後、権利者は、当該商標の下で登録された商品・役務に対し、商標を「付す」ことにより、ベトナムにおいて商取引を行う権利を有する。

前記三事例の被告はいずれも、ベトナムにおいて自らの商標を登録していた。したがって、法的観点からは、これら被告は、当該登録商標を用いてベトナムで自社製品を商業化する権利を有していたことになる。もっとも、商標の使用は、常に当該商標登録の保護範囲の「内部」にとどまる(又はその範囲に該当する)ことが必要である。商標登録の保護範囲は、(i)登録された商標の態様(標章の外観)および(ii)商標登録証に記載された商品・役務の範囲により定まる。すなわち、商標の使用は、法により付与された保護範囲を逸脱してはならず、たとえ商標が登録されていても、使用態様が不適切であれば、当該商標は法的保護の範囲を超える結果となり得る。

「ベトナムで商標が登録されていれば、どのような態様でも自由に使用できる」と考えるのは誤りである。ベトナム法は、権利者に対し「登録されたとおりの態様」での使用を明文で義務づけてはいないものの、登録商標の使用がその保護の程度・範囲を超え、関連需要者に混同のおそれを生じさせる場合、権利者は多様なリスクに曝され得ることに留意すべきである。なお、行政制裁としては、市場管理局、経済警察、科学技術監察局等の執行機関が、侵害品の押収・廃棄を行い、最大5億ベトナムドン(VND 500,000,000)までの罰金を科し得るほか、権利者は民事手続により、財産的・精神的損害の賠償、謝罪、公開訂正を求めることができる。単に不適切な商標使用を理由として、自社の信用を危険にさらしたり、ブランドへの顧客ロイヤルティを失ったりすることは、誰しも望まないはずである。

商標権喪失のリスク

不適切な商標使用は、商標権の喪失リスクをも招来し得る。第三者は、商標権者又はその許諾を受けた者により、登録日から連続する5年間、商標が使用されていない場合、当該登録商標の取消しをベトナム知的財産庁(IPVN)に請求することができる。登録商標と「非類似」の態様で標章を使用することは、登録商標そのものの使用がなされていないと評価され得る。したがって、このような状況では、(登録商標とは異なる)使用証拠は IPVN により不採用とされる可能性があり、当該登録商標は不使用を理由として取消される高度のリスクに直面することになる。

登録商標の「適正使用」とは何か

政令第65/2023/ND-CP(第40条2項)は、登録商標と「識別力を変更しない範囲で軽微に相違する態様」での使用を「使用」とみなす旨を定めており、パリ条約第5条C(2)の趣旨を反映している。パリ条約第5条C(2)は、商標の使用について次のとおり規定する。

「同盟国の一において登録された態様における商標の識別的性格を変更しない要素に相違のある形で商標権者が商標を使用することは、登録の無効事由とならず、また当該商標に与えられた保護を減少させない。」

したがって、原則として、商標権者は、登録態様と「識別的性格を変更しない」限度で態様を異にする標章を使用しても、そのことにより「登録が無効となることはなく、当該商標に付与された保護が減少することもない」。換言すれば、登録態様と異なる方法で商標を用いても、その識別的性格が変更されない限り、登録商標の使用と評価され得る。かかる立法趣旨は、商標の独自性を損なうことなく、関連商品・役務のマーケティングやプロモーションに適合させるため、商標権者による一定の変更を可能にする点にある。ただし、その変更は識別力に影響しない「些末な要素」にとどまるべきであり、実際に使用される標章と登録商標とは本質的に同一でなければならない。

登録どおりの態様での使用は義務か

この問いは、ベトナムにおける商取引の場面で、商標権者がしばしば(i)登録商標のデザイン・色彩・書体等を変更し、(ii)登録商標に含まれる要素を削除し、(iii)登録商標に新たな要素を付加するという運用実態に起因する。では、実使用のために商標を修正したり、登録態様と異なる形で標章を用いたりすると、他人の商標権侵害や自己の商標権喪失のリスクが生じるのか。答えは「場合により得るが、常にそうとは限らない」である。

実務上、一般論としては、登録商標の識別的性格を変更しない限度であれば、書体・スタイライズ・デザイン・色彩等に一定の変更を加えても、当該商標の有効性や保護範囲に不利益な影響を及ぼさないと解される。さらに、追加・削除される要素が非識別的、又は識別力が弱い/顕著性が高くない要素である場合には、当該追加・削除が登録商標の識別的性格を変更しないと評価され得る。かかる場合、要素の付加・削除を伴う実使用であっても、登録商標の使用とみなされる、又は登録商標の範囲を充足する使用と評価される可能性がある。

登録商標と異なる標章を使用する場合のリスク低減戦略

ベトナム法は、権利者自身が登録した商標と「同一/類似」する標章の使用であれば他人(組織・個人)の商標権を侵害しない、といった免責を規定していない。したがって、このような使用によって、商標権者が他者からの侵害主張を免れることは保証されない。ASANZO 対 ASANO 事件および ENAT 400 対 E-NAT Plus 事件は、登録商標とは異なる態様で標章を用いた場合に商標権侵害のリスクが生じ得ることを示している。すなわち、登録の有無にかかわらず、異なるバージョンの標章を用いることにより、商標権者は他者による侵害責任追及に直面し得る。登録商標以外の標章は、登録商標とは無関係の独立した標章として扱われる。ベトナムの執行当局は、他人の商標権侵害の成否を判断するにあたり、次の3要件が満たされるか否かを確認すれば足りる。(i)当該標章が保護商標と同一または類似であること、(ii)当該標章が使用される商品・役務が、保護商標の指定商品・役務と同一または類似であること、(iii)商標の無権限使用が存在し、商標付商品・役務の商業上の出所について混同のおそれがあること。

以上の各事例から、一定の条件の下では、商標権者が登録態様と異なる形で標章を使用することも可能であるといえる。他方、登録商標に変更を加える場合のリスクを回避するためには、以下の二段階の評価を行うことが望ましい。

STEP 1:登録商標の評価

識別性を構成する要素のうち、どの要素が識別力を有し、強い/支配的な視覚的印象を与えるかを特定・評価すること。

STEP 2:実務上の差異および変更の影響の評価

登録商標の識別的性格に寄与する要素が、実使用標章において維持されているか、またはどのように修正されているかを、両標章を直接対比して検討し、両者の差異の程度(大きい・顕著/中程度/小さい・軽微)を判定すること。

概して、上記評価により、登録商標に変更を加える場合に侵害リスクが高いか低いかを見極める助けとなる。リスク低減のため、次の対応・戦略を推奨する。

  • 登録されたとおりの標章の使用を原則とすること。
  • 実使用標章が登録態様と異なる場合には、登録商標の識別的性格が変更されないことを必ず確保すること。理想的には、変更は識別性に影響しない些末な要素に限定すること。
  • 実使用標章が登録済みの標章と実質的に異なる場合には、当該実使用標章について新たに商標登録出願を行うこと。
  • 著作権保護の要件を満たす場合には、ベトナム著作権局における著作権登録を検討すること。
  • 登録態様と異なる実使用標章について、同一・類似商標の有無を把握するための先行調査(アベイラビリティ・サーチ)を実施すること。
  • 先行調査で把握した類似商標については、その有効性を争う措置の検討を行うこと。
  • 商標侵害の蓋然性に関する鑑定(評価書)を、ベトナム知的財産研究所(Vietnam Intellectual Property Research Institute)から取得すること。

結論

ベトナム知的財産庁(IPVN)において商標登録に成功した企業であっても、他の商標権者からの侵害主張に対して免責が与えられるわけではない。登録態様と異なる形で商標を使用することは、他者による侵害申立てのリスク、または登録商標に付与された権利の喪失リスクを生じさせ得る。

上記事例および現行のベトナム知的財産法の規定のみからは、登録商標に対する変更が、いつ、いかなる程度でリスクを招来するかについて、画一的・確定的な結論を導くことはできない。したがって、登録商標の変更を検討する際には、個別具体の事実関係を精査し、危険・リスク評価を慎重に行う必要がある。

最善の方策は、知的財産分野における豊富な実務経験と専門知識を有する弁護士の助言を受け、適切な解決策・戦略を策定することであり、これにより、知的財産を適法かつ費用対効果の高い方法で活用することが可能となる。

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